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2008年8月 7日 (木)

「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」

Crawlers まるでテレビゲームの画面を見るようなCGのドッグファイトシーンが意図的なものだと分かったのは後半、世界の構造が見えてきてからだ。これは要するにゲームのコマが自分をゲームのコマと認識することによって生まれる悲劇を描いた映画である。だから戦闘シーンはゲームのようなものでなければならなかった。

国家と国家の戦争ではなく、国家に依頼された企業同士が行う戦争。一時の平和な時代を生きる人々にとってその擬似的な戦争は平和を維持するために戦争の代償行為として作用している。戦うのはキルドレと呼ばれる大人になれない少年少女たち。キルドレは普通に生きていれば成長しないし、死ぬこともないが、撃墜されれば、キルドレであっても死ぬ。

そんなキルドレの一人である主人公の函南優一(かんなみゆういち)が上司の草薙水素(くさなぎすいと)に言う終盤のセリフに胸を打たれる。「何かが変わるまで生きろ!」。草薙は自分の運命を知って、これに終止符を打ちたいと思っている。だから過去に主人公の前任者でもあった恋人を殺した。「私に殺されたい? それとも殺してくれる?」。それを主人公は否定するのだ。これはあらかじめ運命が決められた若者たちの透明な姿を描いた点でカズオ・イシグロ「わたしを離さないで」に共通するテーマを持っている。恋愛映画であり、青春映画であり、戦争映画であり、真っ当な SF。テーマの深さと芸術性の高さを併せ持った疑いようのない傑作だ。

パンフレットにも引用されているラスト近くの主人公のこれまた胸を締め付けられるモノローグを引用しておく。それがこの映画のすべてを言い表している。

「いつも通る道でも違うところを踏んで歩くことができる。いつも同じ道だからって景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか。それだけのことだから、いけないのか」

「僕は今、若い人たちに伝えたいことがある」と押井守は言う。「僕は今、この映画を通して今を生きる若者たちに、声高に叫ぶ空虚な正義や、紋切り型の励ましではなく、静かだけれど確かな、真実の希望を伝えたいのです」。この静かな映画に流れるのはこのくそったれな世界であっても生きる希望を失うなというメッセージなのだろう。大人によって決められたこの世界はいつかは変えることができる。だからこそ、「生きろ」という主人公の叫びがリアルに迫ってくるのだ。

イメージの豊穣さが先行した4年前の「イノセンス」から、押井守は物語を語ることによる映画の力強さを取り戻した感じがする。宮崎駿は「崖の上のポニョ」で幼い子供を対象にした映画を作ったけれど、押井守は10代に向けた映画を作った。いや、10代どころかこれはすべての抑圧された年代に対するメッセージでもあるだろう。死生観と性を描いてこれほど充実した映画をアニメで作った押井守はやはり先進的な人なのだという思いを新たにする。

戦争を描いたことと、その静かな描写によってこれは「機動警察パトレイバー2」に直結する映画だと思う。川井憲次の素晴らしすぎるメインテーマが叙情を誘う。

森博嗣の原作は昨年秋に買って、まだ読んでいない。読んでいなくて正解だったと思う。映画前半のやや退屈な描写が後半に生きてくるこの映画の構成を十分に堪能できたのだから。ちなみに森博嗣は「一番人気のないシリーズでしたが、常に代表作だと考えていました。自分が書いた小説の中では、最も執筆に力が必要でした」とインタビューで答えている。

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