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2009年7月20日 (月)

「チェイサー」

Chaser 頭にノミを当ててハンマーを振り下ろす。あるいはハンマーで殴り殺す。10カ月で21人を殺害した韓国の連続殺人犯ユ・ヨンチョルの事件を元にしたダークなサスペンス。殺人鬼の研究ではなく、それを追うデリヘル経営者の元刑事を主人公にして映画はエネルギッシュに疾走する。このエネルギッシュさと緊張感あふれるサスペンス、ソウルの街並みで展開するドラマのリアリティが渾然一体となり、映画には異様な迫力がみなぎっている。醸成されるサスペンスは監禁され、重傷を負ったデリヘル嬢ミジン(ソ・ヨンヒ)が助かるかどうかだが、監督のナ・ホンジンは観客をいったん安心させた後、地獄に突き落とす。それも含めて第一級のエンタテインメントだ。

随所に挟み込まれる血肉の通ったユーモアと血肉が飛び散る凄惨な場面、一転して静かな場面を描く演出の確かさ。エネルギッシュな主演のキム・ヨンソクと冷酷な爬虫類のようなハ・ジョンウの狂気を忍ばせた演技。どれを取っても素晴らしい。殺人鬼を生んだ社会環境まで取り込めば、映画は満点の出来になっていただろうが、狙っていることが違うのだから傷とも言えない。救いのない展開は救いのない社会を遠く照射しているとも言えるだろう。さまざまな要素にただただ圧倒される映画である。

実際のユ・ヨンチョルはベトナム戦争帰りの父親から虐待され、貧しい家庭に育ち、色覚障害のため画家になる夢も断たれた。自分を理不尽な環境に置いた社会への復讐の意味合いが理不尽な犯行の底にあったのかもしれない。ヨンチョルは遺体を切断して一部を食べたとされるが、映画はそうした事件の背景を詳細に反映しているわけではない。殺人鬼を性的不能者と規定し、殺人の動機をある意味、一般的なサイコキラーに単純化している。この脚色は賢明だし、だから一直線のエンタテインメントとして成立しているのだ。

デリヘル経営のジュンホ(キム・ヨンソク)がヨンミン(ハ・ジョンウ)を追うのはヨンミンが殺人鬼だからではない。デリヘル嬢2人を売り飛ばし、3人目も売り飛ばそうとしていると思い込んだからで、私怨に基づいた追跡劇であり、当初の行動に正義感などは微塵もない。追い詰めてみたら殺人鬼だったと分かる展開が自然だ。証拠不十分でヨンミンを釈放せざるを得ない警察の無能ぶりとミジンの監禁場所が一向に分からない展開は観客をいらいらさせるが、これも計算のうち。早々にヨンミンは捕まるのに絶望的なサスペンスが途切れない。唯一の救いはミジンの7歳の娘ウンジ(キム・ユジョン)で、けがをして入院したウンジの病室に悄然とたたずむジュンホは、同行せざるを得なくなったこの生意気な娘とともに生きることで更生するのかもしれないなと思わせる。

ナ・ホンジン監督はキネ旬5月上旬号のインタビューで「描こうとしたのは社会構造の、一つの歪みです」と語っている。歪みを直接的に描かず、物語によって間接的に浮かび上がらせたのはかなり高等なテクニックと言える。同時に僕が感心したのは静かな場面にあるフランスのノワール映画のような雰囲気と、主人公の激情があふれる描写のうまさ。推敲を重ねたという脚本の構成以上にナ・ホンジンは際だった描写力のある監督だなと思う。

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コメント

これ、今まで観た洋画の中でもかなり印象に残る作品になりました。
素晴らしい~~♪

投稿: 45 | 2009年7月20日 (月) 10時18分

「グエムル」とか「オールドボーイ」とかとも共通点があるなと思いました。
商業映画第1作でこれほどの作品を撮るのは大したものですね。

投稿: hiro | 2009年7月20日 (月) 12時56分

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