「ゴールデンスランバー」
「雅春、ちゃちゃっと逃げろ」。一向に敵の見えない展開で主人公の必死の逃亡だけが続き、工夫はいろいろ凝らされてあってもそろそろ少し飽きてきたかなと思ったところで、父親役の伊東四朗が出て来て画面をグッと引き締める。自宅に押しかけた報道陣を前に、息子の無実を心の底から信じている父親は息子を犯人扱いするマスコミを批判し、カメラに向かって息子に逃げ通せと捨て台詞を吐くのだ。
「俺は子どもの頃から雅春を知ってる。家内はそれ以前から、お腹の中にいる頃から雅春を知ってるんだ」。父親は息子が首相爆殺などという重大な犯罪を犯す人間ではないことを強く訴える。現実の重大事件では子どもの両親をカメラの前で謝罪させることが当たり前のことのように行われているけれども、この場面はそれを批判してもいるのだ。そして父親の息子へのまったく揺るがない信頼と愛情の深さで胸が熱くなる。なにしろこの父親は正義感のかたまりで、小学生時代の息子に書道で「痴漢は死ね」と書かせたぐらいなのだ。
黄金のまどろみ(ゴールデンスランバー)の中で起きた悪夢のような事件。いや、悪夢のような事件の中で主人公の青柳雅春(堺雅人)は自分を取り巻く人間たちをまどろみながら思い出す。運送会社に勤める主人公が事件の犯人に仕立てられたのは2年前、アイドル(貫地谷しほり)を救ってマスコミから紹介され、一躍注目を集めたためだったのだろう。追っ手の中には警察上層部がいて、事件の首謀者は国家の中枢部にいるらしいことは分かるが、詳細は分からず、青柳はまったく理不尽な逃亡を余儀なくされることになる。典型的な巻き込まれ型サスペンス。次々に迫り来る危機をくぐり抜けて逃走する主人公のサスペンスの部分もよくできているが、しかし、この映画の良さは疑うことを知らない人の良い主人公とそれを助ける周辺の人間たちを生き生きと温かく描いていることだ。
かつての恋人の竹内結子、心ならずも青柳を陥れる策略に荷担する大学時代の友人・吉岡秀隆、後輩の劇団ひとり、運送会社の先輩渋川清彦、そして「びっくりした?」と言って登場する通り魔の濱田岳、入院患者でやくざな柄本明まで、俳優たちはみな印象に残る演技をしている。彼らが青柳を助けるのは青柳自身の善良な性格に好意を持っているからだろう。この映画の主眼が事件の解決よりもそうした人間たちを描くことにあったのは明らかであり、監督・脚本(林民夫、鈴木謙一と共同)の中村義洋は、その主軸を少しもぶれさせず、伊坂幸太郎原作をテンポ良く見事な映画に仕上げている。疾走するスピード感と密度の濃さを伴った2時間19分だ。主演の堺雅人はキャラクターを生かした役柄を演じきってうまい。追っ手側では、まるでターミネーターのような永島敏行が怪演していて面白かった。
とはいっても、やっぱり事件は完全に解決させた方が観客の気分は良くなる。ぜひとも敵の正体を明らかにして鉄槌を下す続編を期待したいところだが、書く気はないのか、伊坂幸太郎は。
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